http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081001/172348/?P=1ワーキングプアと「第二の敗戦」。 小林多喜二『蟹工船』(1)
【日経ビジネスオンライン 2008/10/09】
「働く」と言うとふつうだが、漢語で「労働」とこれを呼ぶならば、いきおい妙な重さが発生する
こういう話を聞いた。
── ここしばらく、チュニックにレギンスとか、デニムの上にユルいワンピースとか、とにかく体(とくにおなか)を圧迫しない着こなしの女子が多いじゃん。
言われてみればそうだ。大阪のおばちゃんが着てそうな「あっぱっぱ」みたいなのを、道行く女子がまとっている。
── ここからがマイ理論なんだけど、経済が停滞して、世情が不安に満ちている時代には、女子のファッションはおなかをユルくする方向に進む、というのはどうかな。
え、そうなの?
── バブルでイケイケな時代にはボディコンが流行ったよね。
まあ、そうですけと…。
── フランス革命前のロココ文化では、コルセットでウェストをぎゅっと締めたわけだし。
いきなり18世紀の話か、スケールがデカいな。
── 逆に中世ヨーロッパでは妊婦が美しいとされて、だから当時の絵なんか見ると、女の人はみんな、ハイウェストで裾がだらんとした、腹部を圧迫しない服を着てるでしょ? あの時代にはペストも流行ってタイヘンだったし……。
なるほど……っておい!! 途中まで本気で聞いて信じそうになったじゃないか。文章でノリツッコミさせるんじゃない。
かくのごとく、現在が歴史上のある時期に似ている、という考えかたがある。たとえば高度成長期の1960年代後半は、サイケなサブカルチャーが花開き、〈昭和元禄〉と呼ばれた。そして吉本隆明によれば、いまの時代は第二の敗戦期なのだそうだ。
「働く」と言うとふつうだが、漢語で「労働」とこれを呼ぶならば、いきおい妙な重さが発生する。今年話題だった小林多喜二の小説『蟹工船』(1929)の世界だ。
プロレタリア文学の代表作とされる『蟹工船』は、2008年に一般読者のあいだでとつぜんリヴァイヴァルし、たいへんなブームとなった。
吉本隆明は、〈『戦後』が終わって『第二の敗戦期』が訪れた現代社会における現実のしんどさと前途への不安〉
こそが『蟹工船』ブームの要因であると述べて、大いに話題になったわけだ(「「蟹工船」と新貧困社会 これは「第二の敗戦」だ」「文藝春秋」2008年7月号)。
吉本のこの発言の続篇が、前回触れた「ユリイカ」2008年9月号の特集『太宰治/坂口安吾 無頼派たちの“戦後”』に載っている(「男とはマザー・シップと見つけたり あるいは存在を耐えるための軽さ」)。〈第二の敗戦〉説に興味のある人は必読だと思うが、この説を信じるかどうかは、あくまで自己責任でね。
『蟹工船』の、目下のところもっとも一般的な版である『蟹工船 党生活者』(新潮文庫)は、それまでも年5000部売れるロングテール物件だったが、2008年は増刷につぐ増刷で、春から夏にかけて、2か月で30万部を売ったとも言われる。6月半ばの段階で、累計104刷138万部。
続いて岩波文庫版『蟹工船 一九二八・三・一五』も平台に置かれ、少し遅れて角川文庫版『蟹工船 党生活者』が、『蟹工船』リヴァイヴァルの火付け役となった小説家・雨宮処凛の解説を付して新たに復刊した。
当時は非合法だった共産党の活動がらみで、作者が特高警察に拷問されて死んだのは、75年も前の話。だから小林作品は、基本的に著作権フリーの物件なのである。「青空文庫」でも読める。各社とも対応が早いのは当然か。
夏には祥伝社新書から小林の作品集『近代日本の貧困』が出たし(好企画!)、この文を書いている現在も、近所のジュンク堂では各種文庫本が相変わらず「面出し」で並んでいる。
ブームを予測していたらしき版元もある。東銀座出版社なんか、ブームの直前、2006年に『マンガ蟹工船』を出した。2000年代中盤に論壇から新書界までを覆った「経済格差」「ワーキングプア」ネタの流行(?)から、この日が来るのを見越していたのかもしれない。
先述の雨宮処凛は、非正規雇用・プレカリアート問題についての発言でつとに知られていた。最近では、現代の『蟹工船』と言うべき漫画──たとえば私も大好きな真鍋昌平『闇金ウシジマくん』(小学館)とか──に言及しつつ、「生きにくさ」の現状を論じている──
人を馬鹿にしたような給料なのに、サービス残業で死にそうな兄弟がいる。ずーっとフリーターをしてて、「将来どうすんだ?」と思わず心配になるような友人がいる。職場で奴隷のようにこき使われた挙げ句心身を病み、そのまま放り出されてしまった知人がいる。地方であれば、同級生の多くが愛知や東京の工場に派遣で働きに行っているという人もいるだろう(まるで秋葉原事件の犯人のように)。〔…〕
正社員だろうがフリーターだろうが「どんなに働いても報われない」ことには大した違いなどない。経済成長世代は「最近の若者はやる気がない」〔…〕などと好き勝手なことを言っているが、下手にやる気を出したところで傷つくだけという現実。〔…〕
頑張ってなんとか「少しでも上」に行こうとすればするほど、行けない自分を責め続けることになる。「諦め」を生きることの方が少しはマシだと多くのものが「保身」のために諦念を「作法」として身にまとう。
〔「漫画が描き出す若者の残酷な「現実」」「小説トリッパー」2008年秋号特集『すべてはマンガからはじまった』。引用者の責任で改行しました〕
なるほど、言われてみれば私も『蟹工船』と『闇金ウシジマくん』とを同じ地平で読んでいたことに気づく。このような雨宮の関心から、『蟹工船』は2008年にクローズアップされた。
そして『蟹工船』を読んだ人のなかに、雨宮の関心を共有した人はけっして少なくはないだろう。チュニックにレギンス、というコーディネイトで、新潮文庫版を歩き読みした女子もいたかもしれない。
では、その『蟹工船』は、どんな小説なのか。
テーマ:社会問題 - ジャンル:ニュース
- 2008/10/11(土) 00:10:33|
- 労働総合
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0