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『どこまでやったらクビになるか──サラリーマンのための労働法入門』 大内伸哉著、新潮新書、680円(税別)
新司法試験制度がはじまって今年で3年目を迎えた。論文式試験には計8つの選択科目があるのだが、学生からの人気は、2位の倒産法、3位の知的財産法をおさえ、労働法がダントツだという。旧試験では一時、法律選択科目から外されたこともあったというのに、時代は変わるものだ。
労働法人気の背景には、変転極まるニッポンの労働事情があるのではないか。
非正規社員の比率が上昇し、とうの昔になくなったはずの「格差」や「貧困」といった言葉がメディアを賑わせている。一方の正社員も安泰ではない。終身雇用や年功序列といった甘い蜜はもはや吸えず、「名ばかり管理職」で過酷な長時間労働を余儀なくされ、なかには過労の末、死にいたる痛ましい人もいる。頼みの綱の労働組合も、組織率がつるべ落としのように低下し、労働者団結の砦とは到底いえない……。
ここ10数年、こういった状況を加速させる方向へ、または阻止する方向へ、法律や諸制度が新設され、見直されてきた。現実社会との接点が多く、動きが頻繁な分野は勉強も楽しいはずだ。しかも、旧試験時と違い、一旦、社会に出て企業に勤務してから、改めて法科大学院に進んで試験を受ける人も多い。司法試験一筋、苦節何年という人と比べれば、労働法は馴染みの深い分野のはずである。
さて、そんな労働法を、働く人向けにわかりやすく解説したのが本書である。
最近刊行された新書としては、他に『人が壊れてゆく職場』(笹山尚人著、光文社新書)がある。同書が中小企業の正社員や、非正規社員に向けた「会社との闘い方指南書」だとすれば、本書の想定読者は、待遇面で恵まれた大・中堅企業クラスのサラリーマンやOLの人たち。タイトルが示すように、いわば勝ち組が、その地位を失わないための実践的入門書といったところだ。
本書はテーマごとの講義形式になっている。架空のケースと著名な判例を適宜混ぜつつ、採用や定年といった人事上の問題からはじまり、残業代未払い、経費流用、労災といった仕事上のトラブルや、副業、社内不倫、通勤時の痴漢といった、勤め人の誰もが身につまされる問題を扱う。どこから読み始めてもよく、もっと詳しく知りたい向きに各講義の末尾に補講がつく(あえて注文をつけると、さらに学習したい人向けに、各判例の出典をつけておいて欲しかった)。
思わず、にやりとしてしまったのが、セクハラを扱った項だ。
何の気なしに発した言葉が……
〈われら中年おやじ族にとって不安なのは、自分の言動がいつ女性側から「セクハラ」って言われてしまうか予測がつかないこと〉
と、読者の目線まで著者が降りてきて、次の4つのうち、どれがセクハラになるか、畳みかける。
- 新年会の帰りに佐藤ゆかり似の社員と2人きりでバーに行き口説いた
- 退職者の送別会で、並み居る女性社員の前で、胸元のあいた服を着た杉本彩似の社員に「目のやり場に困っちゃうな」と言う
- 失恋で激ヤセしていた森三中大島似のぽっちゃり型の社員が元気になったので、「前のようにふっくらとして元気そうだね」と声をかけた
- 期間満了間近の、加藤あい似の派遣社員を夕食に誘い、「君さえよければ期間を延長してあげる」と持ちかけ、承諾した彼女と男女の関係になるが、結局、期間の延長は不可能で、泣きながら詰問される
実は「セクシャルハラスメント」という言葉が条文にある法律はない、という意外な事実を著者は明らかにする。セクハラと呼ばれるものは、強制わいせつや傷害罪などの「犯罪」には該当しないが、女性に著しい不快感を与える行為、をいう。
男女雇用機会均等法の施行に際して厚生労働省が作成したガイドラインによれば、セクハラは、性的な関係を強要し拒否すると不利益になるぞと脅かす「対価型セクハラ」と、性的な言動によって他の労働者の能力発揮に悪影響を及ぼす「環境型セクハラ」に分けられる。
先の4例の場合、1は対価なしの純粋な口説きだけならお咎めなし、2と3は環境型の可能性あり、4は一見、対価型だが、労働条件に不利益を与えていないのでグレー、となる。結局、セクハラに当たるかどうかは、女性が不快感をもち、しかも、その行為が社会通念上、許容される範囲を超えている、という2つの要件を満たさなければならない、と著者は述べ、その上でこう強調する。
〈女性が不快にさえ思わなければ、何も問題は起こらないということです。どんなに性的な下卑た言動であったとしても、女性が「キモい」と感じなければ、セクハラにはなりえないのです。この当然なことを、実は多くの男性は見落としている〉
本書の立場は必ずしも、労働者保護一辺倒ではない。そこが人権派の学者による同種の解説書と一線を画す部分だろう。
例えば、企業の合併や買収の前には、労働者も無力になることを教える。労働法の役目は労働者の法的保護だが、株主総会で会社解散の決議がなされた場合、会社法の前に労働法はなすすべもない。労働者あっての会社ではなく、会社あっての労働者、ということなのだ。
合併によって、どんな事態が引き起こされるのだろうか。
7つの農協が合併し1つに統合されたという事例がある。当然、それぞれ異なる処遇基準を統一しなければならない。それに対して、退職金が減額されることになった職員が「納得できない。合併前の基準で支払われるべきだ」と、裁判を起こした。これは「就業規則の不利益変更は認められるか」という労働法で最も難しい問題のひとつなのだ、という。
これに対して、最高裁は「就業規則の不利益変更は、合理性がある場合に限って、反対する人も含め、全社員に適用される」として、「(今回は合理的とみなせるから)減額は有効」という判決を言い渡した。
確かに合併はしたものの、待遇格差が残っていたら合併の意味はない。退職金減額は合理的措置といえるだろう。米国の金融破綻の結果、このたび野村に買収されることが決まったリーマン・ブラザーズの社員も、不利益変更を余儀なくされるのだろうか。
学歴を「低く」偽るのはクロかシロか
こうした“講義”の合間に、著者ならではの主張も顔を覗かせる。そのひとつが転勤問題。「日本社会は転勤に寛大すぎる」というのだ。
転勤は恋人や家族と本人を引き離し、子供の教育はもちろん、パートナーの生活やキャリアにも多大な影響を与える。「様々な勤務地や部署を経験させることが社員のキャリア形成や組織の活性化に資する面は確かにあるが、そうした企業のメリットよりは社員の不利益のほうが大きいのではないか」と転勤の効能に疑問を投げかけ、「これからは転勤命令に従わなくても、法的に咎められないケースが増えるだろう」と著者は述べる。
また、この手の本としてユニークなのは、経歴詐称という問題を取り上げたことだ。
こんな裁判があった。履歴書に高卒と記載し、プレス工となった人物が、実は大学中退だったと判明。しかも逮捕歴も秘匿していたことがわかり、懲戒解雇になった。これを不服として、本人が会社を訴えたのである。裁判所は、「労働者の最終学歴は企業秩序の維持に関係する重要な事項なので、それに関する真実を告知する義務を労働者は負う」として、本人の訴えを退けた。
米国の大学をさも卒業したように言い触らして問題となり、辞職せざるを得なくなった国会議員がいたが、このケースは逆に「低く」偽った逆経歴詐称の例である。そんなに目くじら立てることでもないのに、と思ったが、それだけではなくて、この事例、逮捕歴の秘匿が相当、効いているだろう。それにしても、最終学歴は企業秩序の維持に重要な情報とは、この裁判官さん、日本企業の事情をよくわかっている。
〈実際に能力があったとしても、ウソをついてまで入社してこようとする社員は、長期的な信頼関係を築くのに適していない可能性が十分にあるのです。草野球の選手権で、こっそりプロ野球をメンバーに入れたチームが優勝をさらっていくというのは、納得できないことでしょう。これと同じように、高卒の枠で募集しているところに大卒や短大卒が応募するのは反則なのです。大は小を兼ねないのです〉
労働法といえば「労働三法」と学校で習った。労働基準法、労働組合法、労働関係調整法の3つである。基準法はともかく、残りの2つに関する記載は本書のどこにもない。それどころか、労働組合の「く」の字も出てこない。法律に違反し、「クビ」になりそうになった場合、組合は助けてくれないからだろうか。
(文/荻野進介、企画・編集/須藤輝&連結社)










